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大事なのは考え方!旧帝大合格ブログ

大学以降も念頭に入れた勉強法を。【難関大的思考法】を届けます。

難関大的思考法のまとめ記事はこちらから。


【プロフィールの裏側】考え方の柱につながった経験:生徒からの「なんで」の質問。

塾講師をつとめて8年目になります。

そんな塾講師生活のなかで大きな分岐点はいくつかあります。その一つが、私が大学院進学にあたって地元に戻ってきて、母校の生徒数名に指導する立場になったときのことです。塾講師歴5年目ですね。

生徒、講師時代最初の4年間は、恥ずかしながらとにかくパターン暗記推奨者の一人でした。

理論追求型の母校で鍛えられた生徒を前に

講義形式で内容の解説をし、そのあとで質問はないかと聞くと、その時は数学の極限だったと思いますが、「なぜそうなるのか」ということを1日に3~4回ぐらい聞いてくる生徒がいたのです。それにこたえられない自分。で、その時に返したのは、とにかく覚えなさい、という言葉。でも、それでいいのか?と自責の念にさいなまれ、そこから「なぜそうなるのか」という理論の追求が始まりました。

でも内心その理論の追及の重要性は、それまでの自分自身の受験生現役時代の経験や、塾講師経験からうすうす感じていたことでした。ただそこまでそれが生徒から明確に提示され、必要性に迫られたことは初めてでした。

受験生現役時代も含め、とにかく自分はテクニック偏重主義者だった(今でもその片鱗は自分の中にたくさん残っていますが)のですが、自分自身は思うように成績は伸びませんでした。無理やり早稲田に合格したような感はあります。で、ずっと思っていたわけです。「こんなに勉強したのになぜ??」と。

学部時代の塾(最初4年間)では、旧帝大以上の難関大を目指す生徒は正社員が担当していたので、私まで回ってくることはほぼほぼありませんでしたので、またテクニック偏重にさらに磨きがかかっていたのです。ただ、時々持たせてもらう優秀な進学校の生徒を担当したときに思ったのです。「テクニックじゃない何かが必要だ」と。

とにかく量をこなす方法だけでは成績が伸びない、もっと正確にいうなら「どんづまりがある」原因がわからずにいましたが、その時少し垣間見えた気がしました。

テクニック偏重主義の抱える大きな問題 

テクニックだけに頼るクセがつくと起こる問題点は大きく2つあります。

・テクニックの使えない問題を見ると早々と戦意喪失する

・応用問題、特に見たことのない問題に太刀打ちできない

これらは難関大を受ける、ハイレベルな模試を受けるうえではなかなか厳しい問題です。逆に、真の理解に少しでも近づく努力をし、これらの問題点をひっくり返せれば

・テクニックの使えない問題でも頑張ってみようとする

・見たことのない問題にもトライする

ことができるようになります。

そんなわけで、生徒への質問はできるだけ、「なんでそうなるの?」という形式のものを意識的に増やしています。まぁ聞かれ慣れていない質問なので、生徒にとっては大変だと思いますが、訓練訓練です。